ハントとラウダ|映画"ラッシュ"公開で人気が再燃した英国のF1ヒーロー

ジェームス・ハントとニキ・ラウダ



互角の速さ

ふたりの間には一触即発の空気が漂っていたが、その後も彼らの友情に変わりはなかった。いっぽう、マクラーレンとフェラーリはいがみ合いを続け、抗議の応酬を繰り返していた。ティレルとコパスカー・チームは、赤旗が提示されたときにハントのマシンが動いていたことを公式に認め、これを根拠としてレース後に提出した抗議を取り下げた。いっぽうでフェラーリは不満の意を唱え続けた。そしてオーデットは自分の仕事をやり遂げただけだと釈明した。つまり、そうしろと指示されていたのである。

9月24日、FIA控訴院の聴聞会が開かれた。そのことをハントは気にも留めていなかった。どんな判決が出ようとも、正々堂々と戦った末に自分がラウダを下したことには変わりない。そう思っていたからだ。そしてチャンピオン争いについては、今後の1戦1戦を全力で戦うことでしか道は開けないと捉えていたし、それが自分の性分とあっていることにも気づいていた。ある意味でハントはラウダよりはるかに純粋なレーシングドライバーであり、自信だけにすがって生きている男なのであった。

メイヤーとカルドウェルはそのことをよく承知していた。ブランズハッチのレースが終わった後、メイヤーは「これまでマクラーレンに所属したドライバーのなかで、ハントがいちばん才能豊かだ」と語っている。そしてカルドウェルは「ハントこそジム・クラークの再来だ」と評した。ハントには、ラウダ同様、憧れのレーシングドライバーというものは存在しなかったうえ、カルドウェルがクラークを引き合いに出したことについては「度が過ぎるお世辞」と受け止めていた。それでも、ふたりの言葉にハントが感謝していたことには変わりない。彼らには、ハントを傷つけようとする意図もなければ、うわべだけの言葉を並べるつもりもなかった。その後もハントはグングンと実力を伸ばしていった。彼にはプレッシャーを自分の糧に変える能力が備わっていたのだ。

そしてラウダ自身も、自分とハントの速さが互角であることを受け入れていたし、ハントの努力は別にして、今後の方向性で揺れているマクラーレンを統率する力がハントにあることも認めていた。さらに、余計な心配をしているわけではなかったものの、そろそろ自分が行動を起こすべきときであることも承知していた。ラウダは新たな契約を結んで欲しいとエンツォに申し出たのである。この先制攻撃に、マラネロの老人は怒りを爆発させた。エンツォは、ドライバーの気持ちを引き締めるため、シーズンの終わり頃まで金額の交渉をしないのが常だったのである。

しかし、ラウダは自分から契約金を申し出た。これがエンツォの逆鱗に触れたのだ。マラネロを去る覚悟ができていたラウダは一歩も引かず、ふたりは通訳役のピエロ・ラルディ(当時はまだエンツォの庶子であることが公表されていなかった)を介して罵りあった。どうやら、エンツォはラウダに対して人種差別的な発言までしたようだ。結局、ラウダがわずかな減額に応じ、ふたりはしぶしぶながら合意に達したと伝えられる。

合意に至ると同時に、暗い雰囲気はただちに消え去った。ラウダは、やがてコマンダトーレが自分とのいさかいを楽しんでいることに気づく。エンツォは交渉の決裂を望んでいるのではなく、交渉していること自体が彼にとっては喜びなのだ。したがって、互いをリスペクトする気持ちには一切変化がなかった。ただし、この衝突をきっかけとしてチーム内部には動揺が広がったのは事実。ラウダの交渉は実を結んだのだろうか?自分はどちらに忠誠を尽くせばいいのか?周囲は不安な日々を過ごした。

ラウダとフェラーリが"離婚"の危機をようやく脱した頃、ハントとマクラーレンは引き続きハネムーン気分を味わっていた。かつてセックスのことを「チャンピオンたちの朝食」と語った男は、レーシングスピリット溢れるチームとベッドをともにできる喜びを深く噛み締めていたのである。チームは、ハントの契約金が4万5000ポンドと並外れて安いことを歓迎した。それでも彼らのモチベーションは極めて高かった。

対するフェラーリは不振に喘ぎ、情熱は不足気味だった。彼らは控訴審で勝利を手に入れ、ラウダはF1を統括するFIAに対して恭順の意を表明した。「トラブルを抱えたドライバーの優勝を認めればフェラーリは不当な利益を手にすることになる」と主張したマクラーレンに同情するかと問われても、ラウダはこれにノーと答えた。

同情は、それを受けるにしても申し出るにしても、ラウダがずっと拒み続けてきたもののひとつである。たとえ死に直面したとしても、自らの人生に挑み続ける。それこそがラウダの生き方なのである。


レース後のハントとラウダ。デューク・オブ・ケントがふたりを見守る。よく見ると3位のジョディ・シェクターはシャンパンをラッパ飲みしている

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