フェラーリの専門ショップとして有名な奈良のナカムラエンジニアリングで今、一人のポルトガル人テクニシャンが働いている。彼の名はジョニー・フラーガ。かのコンチネンタル社でエンジニアまで務めた凄腕技術者がなぜに奈良へ......
今から三年前。ナカムラエンジニアリングを率いる中村一彦は、レーシングタイプにモディファイされた赤いディーノ246GT(タイプL)を手に入れた。そこから彼の、否、会社の運命が急転したと彼は言う。実に様々なことが降り掛かってきたが、なかでも中村が未だ不思議に思っていることが、ひとりの凄腕テクニシャンが母国や英国での約束された仕事を捨ててはるばる大和郡山くんだりまでやってきた、という出来事だ。
ポルトガル出身のジョニー・フラーガは、正真正銘のテクニシャンだ。機械設計や機械加工、内燃機関、溶接といった専門分野の学位やトレーニング経験を有し、母国ではフェラーリディーラーでレースのサポートやクラシックカーのレストアなどの経験を積んだ。その後、英国に移り、フェラーリやクラシックカーの専門ディーラーでテクニシャンとして働き、独コンチネンタル社の英国拠点ではプロダクト・エンジニアとして活躍した。自動車エンジニアとして未来を約束されたエリートコースを歩んできたと言っていい。
そんなジョニーが突然、大和郡山にやってきた。「大好きなフェラーリの写真をいろいろ検索していたら、ナカムラエンジニアリングを見つけたんだ。ケーニッヒが沢山あってね。驚いたよ。日本にこんなショップがあると知って、居ても立ってもいれなくなって、来てみたんだ」
メールでのやり取りはあったらしい。とはいえ中村はジョニーが本当に日本へやって来るとは夢にも思っていなかった。「やぁ、ジョニー」。中村は彼が名乗る前から、工場の入り口に立つ背の高い外国人がジョニーであると確信したという。ジョニーもまた、「初めてボスを見たとき、ボクらはどこかですでに会ったことがあるように感じた」、らしい。天国のエンツォの魂を介して通じ合っている。彼らは互いにそう直感した。特にジョニーは、ちょうど整備の最中だった中村のディーノを見てひと目惚れしてしまう。この車をボスのために何とかしたい。そう思った。自分の経験がここでならきっと役に立つはず。彼は奈良で働くことを望み、中村ももちろん快諾した。
就労ビザ取得の関係でいったん帰国したジョニーが最来日を果たしたというので、筆者も再び彼に会いに奈良まで行ってみた。彼の本心をどうしても聞きたかったからだ。
「YOUはどうしてニッポンに? 」
「グッドクエスチョン」。ポルトガル語やスペイン語、イタリア語のほかに英語も堪能な彼はそう短く答えたあと、しばらく目をつぶった。
「実は、ここに来てみるまではよく分からなかったんだ。あのままコンチネンタルにいれば、サラリーも上がって、いい車を買って、ステキなパートナーを見つけて、イギリスに家を買って、それはそれでシアワセな人生を送っていたと思う。けれどもボクはそれら全てを投げ打って奈良に来た。何かもっと高いところから、お前はナカムラの元へ行くべきだという声が聞こえたんだよ。もちろん今では自分の目標もはっきりとしている。日本人に本当のレストレーション文化を伝えたい。ハコスカやケンメリのレストアなら、あれほどこだわって完璧に仕上げるのに、どうしてフェラーリのレストアというと中途ハンパな作業が多いんだい? 日本でフルレストア済みと言って売られているクラシックフェラーリのなかには、ひどいコンディションの個体も多いんだ。そういう車を外国人は安く買って、海外でレストアして楽しんでいる。とてももったいないと思うんだよ。これだけフェラーリ好きが多い国だというのに。そんな現状をボスと一緒になんとか良い方向にもっていければと願っている」
それがモクヒョね。片言の日本語でジョニーはそう言い添えた。中村家ではジュニアの司君以外、英語をしゃべらない。ジョニーはもちろん、中村にとってもストレスなはずだが問題はない。中村にとってジョニーは息子のような存在だからだ。ジョニーの日本語も日々、上達している。
ジョニーの思いは、ほぼそのまま中村の思いでもある。中村は日ごろから、日本のフェラーリの状態の悪さを嘆いていた。たとえばつい最近も関東の有名ショップからフルレストア済みのディーノを買ったのに調子がイマイチという客がやってきた。調べてみれば、エンジンやミッションを組立て直して磨いただけで、交換すべき部品を交換し、きちんとオーバーホールした形跡がない。それが日本のフルレストアの現実なのだ。
「フルレストアという言葉だけがひとり歩きしてるねん。日本のフルレストアって、海外で言うたら整備かクリーニングレベルやと思う。まずはそこから何とかしたい」。中村とジョニーの挑戦は今、始まったばかりである。
Jonny Fraga ジョニー・フラーガ
2004年にポルトガルでトライアンフ(2輪)のメカニックだけでなくピットクルーとしても活躍した。2011年に英国に渡り、フェラーリ専門ガレージとクラシックカーやレースカーを扱うガレージでレストレーションなどに従事。2014年からコンチネンタル社の英国拠点で、ロータス用コンピューター開発やエンジニア、テクニカルサポートなどに携わってきた。
文:西川淳 写真:タナカヒデヒロ Words:Jun NISHIKAWA Photography:Hidehiro TANAKA
問 ナカムラエンジニアリング 〒639-1103 奈良県大和郡山市美濃庄町271-13 TEL:0743-54-6400 https://www.nakamuraengineering.com/
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