特別インタビュー|アンディ・パーマーの挟持と矜持

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アンディ・パーマーCEO のスピーチには、聞き入ってしまうことが多い。 内容はおよそ想像以上に凝縮されており、またそれらが理路整然と流れてくるので理解しやすい。しかもときどき予想もしていなかった情報を放って驚かせてくれるから嬉しいのだ。新型ヴァンキッシュSのプレス発表の壇上で、現在のアストンマーティンの好調ぶりを示した後、彼の口から放たれた言葉は自信にあふれたプランのオンパレードであった。

「初のSUVとなるDBXは4ドアモデルとなり、コンセプトカーからはデザインを大幅に変更する」
「世界150台限定のヴァルキリーは2019年にデリバリーを開始。そのうち日本には10台を導入する」
「ラゴンダ・ブランドを復活させて、RRやベントレーに対抗できる新型4ドアサルーンを送り出す」

つまりこれらは、

「既存モデルの刷新やスペシャルモデルを含め、平均して9カ月に1回ニューモデルを発表する」
「ラインナップは現在の4車種から少なくとも7車種に拡大する」
「アストン初のEVも、そして初のミドシップカーも発売する」

といった、彼のCEO 就任後に表明したマニフェストの、そのすべて実現してきたことになるわけだ。
また、

「現在建設中のアストンマーティン東京のショールームには、UKに続いてブランドセンターを設ける」
「スポーツカーメーカーとして、常にマニュアルトランスミッションのクルマを設定し続ける」

といったように、続けざまに驚きの秘策を披露してくれたのだ。

だが、果たして新生アストンマーティンに期待するファンは、更に貪欲であるに違いない。我々オクタン日本版は、発表会の後に僅かな時間をいただき、アストンマーティンの今とこれからの展開についてインタビューを続けることにした。

car_170526_andy (2).jpg©デレックマキシマ

好調は社内の組織体制の見直しから

─パーマーさんがCEO に就任してから、アストンマーティンというブランドは激しい変革を続けていますし、事実販売台数においては世界的にも好調です。社内の雰囲気なども変わりましたか?

「大きく変化しましたね。私が入社した当時と較べると、会社の雰囲気はとても良くなりました。セカンドセンチュリープランの最初のステップは会社の安定化させることであり、その一環として組織体制の見直しを行ったことが大きいと思います。

まず、組織的なレイヤーからふたつの階層を省きました。現在は私がいて、その下にVPというポジションが12人います。その下にディレクター、そしてマネージャーというラインになります。以前はその間にCOOや"〜長" と呼ばれるポジションがありましたが、小さい会社にしては組織構造が複雑過ぎたと思います。よりフラットでシンプルな組織に変えたことで、判断も組織間連携もかなりクイックになりましたし、結果として風通しもよくなったようです。

それと組織の核になるキーマンの編成も見直しました。たとえば電気系統のクオリティをさらに高めるため、世界で最も優れているエンジニアであるMr.カタオカを日産自動車から招へいしました。また生産クオリティの面では、トヨタの英国工場からMr.リチャードという優れたエンジニアに来てもらいました。そして世界で一番素晴らしいスポーツカーを作っているのはどこだろうと考えて、フェラーリのナンバー2であったMr.マックス・スウェイを呼びました。10人弱のキーマンで新しいリーダーシップチームを再構成します。会社を変えていくのに2000人の従業員すべてを変える必要はないのですよ。

GT12やヴァルカンのような高額な限定車が即座に完売し、成功体験を得たことで、従業員達が自信を取り戻してくれました。魅力的なクルマを作ればきちんと売れることを再認識できたわけです。それがDB11の成功の大きな原動力にもなりました。もしあなたがゲイドンに来てくれたら、従業員全員が自分のやっているのはとても意味があることだと信じていて、自分達が今後も世界で最も素晴らしい車を作っていくという気概を持って仕事にあたっている姿を見ていただくことができますよ」

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─キーマンのお話が出ましたけど、ロータスのシャシー部門のチーフエンジニアだったMr.マシュー・ベッカーも、今はアストンマーティンに在籍していますね? 彼もパーマーさんが......?

「もちろんです。ロードカーの評価や開発において、彼は世界最強ですからね。マット(マシュー)には車両特性を司る部門において責任あるポジションに就いてもらっています。少し前までのアストンマーティンのラインナップは、すべて乗り味が似ていました。それを差別化していくべきと考え直したのです。2シーターのスポーツカー、GTカー、スーパーGTカー、そしてスポーツ・セダン。マレク・ライヒマンがスタイリングの差別化を行い、マットはそれぞれに相応しい乗り味を持たせてきちんと差別化を図り、それぞれのモデルのパーソナリティを明確にする作業をしてもらっています。

たとえばDB11はGTカーだから、ハンドリングだけじゃなくて、500マイル走った後の疲れ具合はどうだろうとか、そういう味付けこそが重要ですからね。さらにサーキットでの限界性能については、私達にはワークスドライバーのダレン・ターナー選手もいます。彼はトラックでは完璧な存在です。ちなみにヴァルキリーはマットとダレンが一緒にテストをしていきます。それと、おそらくダニエル・リカルドも(笑)」

ハイブリッドをスキップしてEVへ

─ヴァルキリーの開発は順調に進んでいますか?

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「ものすごく! エイドリアン・ニューウェイはとても高い集中力を持ち合わせています。一方でこだわりも強いから、簡単に納得するような存在ではないし、開発に困難が伴うところもあります。けれど、それがいい方向に導いているように思えますね。自動車の開発は様々な要因を考えた結果として平均値に向かいがちになることがありますけれど、エイドリアンはそういうスタンダードな枠組みで車を作ったことがありません。既成概念には囚われず、私達が自然に無理だと考えてしまうようなことをとても新鮮な方法でやってのける。おかげでひとつ高い水準での車作りができるようになりました。いい影響をもらえました」

─そういえば、ヴァルキリーはある種のハイブリッド、そしてDBXはプロトタイプの想定ではEVでした。

「私はEVカーのファンなのです。環境的な基準をクリアする手段のひとつは、エンジンの全体的なダウンサイジング、もうひとつはV12を維持しつつマイナスポイントを相殺できる代替テクノロジーを導入すること。どちらかを選べといわれたら、私達は後者を選択します。エンジンをダウンサイジングしていくと、そのサウンドが私達のこだわっている美しさの基準に合わなくなっていく。そこは妥協したくないんです。ヴァルキリーのように、KERS的にハイブリッドを適用することはあるでしょう。でも、EVが究極的な存在だとしたら、プラグインハイブリッドのような技術はその一歩手前の段階。私達はそこをスキップして一気にEVへ飛んでいきたいと考えています。そのため2019年に、小さなボリュームかつ実験的ではありますけれど、初めてのEVを出す予定でいます。そして将来的にラゴンダでは、EVというオプションは必ずあるでしょう。ちなみにEVに関する技術は自社開発です。私達は小さい会社ですが、V12エンジンを自社で開発したのと同じで、コアな技術は自社で持ちたいのです。たとえばバッテリーの部分でどこかとコラボレーションするようなことは考えられます。しかし肝心要の技術的なところは自社で開発していきます。"MONOZUKURI"の精神ですね」

─新型ヴァンテージの噂も流れ始めています。毎年何かしらの驚きを与えてくれるイタリアのヴィラデステも、もうすぐ開催されますね。

「新しいヴァンテージは物凄く美しいポルシェ911のような車になると思っていただいていいです、そうとだけお答えしておきましょう。他は内緒ですが、ヴィラデステではなく、夏のペブルビーチも楽しみにしていてください(笑)」

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アンディ・パーマー
Dr.Andy Palmer
2014年9月、アストンマーティン・ラゴンダ社の新しいCEOとして就任したアンディ・パーマー。英国ストラトフォード出身。1986年にオースティン・ローバー社に入社し、その後はローバーグループにおいてトラスミッションのチーフエンジニアに起用された。1991年に日産自動車に転職し、日本を拠点に13年間活躍。副社長そしてチーフ・プランニング・オフィサー。

文:嶋田 智之 写真:デレック槇島

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